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なぜ、日本固有のテントの形式が無いのか

色々な文明に、それぞれに適して発達してきたテントがあるという事を見てきました。


そして、中央アジアの遊牧民や北米のインディアン、中東の遊牧民のように「幕」を生活の場として使っていた文化もあります。一方、それ以外の文化では、基本は都市の建築物で暮らすけど、軍隊の遠征時には、「幕」を使うという形でした。ローマや中国、近世の軍隊がそうですね。


だけど、日本には、日本の固有の「天幕」というのがありません。

どうしてなのでしょうか?勿論、日本では「幕」を生活の場として使うという文化がなかったのは、すぐに想像できます。

ただ、日本には、軍隊の遠征が無かったのか?


そんなことはありません。歴史上、何度か軍隊の遠征はありました。

坂ノ上田村麻呂の東北への遠征、源平合戦(平家物語)、南北朝(太平記)、応仁の乱から戦国時代、江戸時代の参勤交代、どれをとっても、文献にあたっても、テントの記述がありません。

唯一あるのは、決戦の時の戦場での陣幕のみ。

寝泊まりする「幕」の記述が全くないのです。絵も残っていません。不思議!


理由は二つあります。